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17/05/2009 ルゥッキー・フォンス・デ・デェァデ/ Lucky Fonz III何だか急にMYブームなんですが、オランダのシンガーソングライターです。
「ルゥッキー・フォンス・デ・デェァデ」・・・ってこんなにオランダ語に近い発音にしなくても良いんだけど。「III」はルパン三世と同じだから、そうするなら、「ラッキー・フォンス三世」のほうがなじみやすいか・・・。
とにかく、3FMのWEBCAM でひと目みたときから、彼のはにかむ表情に惹かれました。ミヒル・ハウスマンとかのような美形ではないけど、はずかしそうに演奏するのが素敵でした。(お客さんがいないのでライブのときとは、勝手が違うってかんじでしたが・・)DJとの会話部分もずっとWEBCAMで見ていましたが、本当に「これで舞台にたってんの?」と思うほど、なんだか、はにかんでました。メディアで有名というよりは、クラブなどで根強い人気という感じらしいです。3時間とかのショーをお客をひきつけるのはやはり実力がないと出来ませんからね。でも、昨年くらいからオランダ国内の大きな野外音楽イベント(富士ロックみたいなやつ?)にもいくつか出て、ファンを獲得してるって感じです。
もし、オランダにいったらぜひ見てみたいライブのひとつです!!!
3FM GIEL でのライブ演奏
アムステルダムの図書館においてあるピアノでひいているところの映像
でも、本名はOtto(オットー)。アンネフランクのお父さんかなんかの名前じゃなかったっけ?なんか素朴・・・・。まあ、ひととなりが出ている名前ではあります。
9/05/2009 アペルドールンの事件/Het incident Apeldoorn女王誕生日に悲しい事件がおきてしまいました。
女王誕生日の4月30日、Twitterをしていたら、オランダのみんなが急に”アペルドールン”、”黒い車”と書き込みを始めた。目にする形容詞はすべて、”ひどい”、”信じられない”と言うものばかり。「何ごと??何がオランダおきているの??」 と思ってみていると、すぐに、たくさんのリンクがあがってきた。なんと、女王が訪問しているアペルドールンで、パレードの最中に黒い車が女王ほか王室の人が乗ったバスに突っ込もうとして失敗し、モニュメントに激突した。すでに4人が死んでいた。式典のテレビ中継のため、ライブでみたオランダ人も多かったと思う。私もすぐに、一部始終をネットで見た。
・・・女王も皇太子もオープンカータイプのバスに乗っていた。「女王様が、オープンカーなんかに乗ってて大丈夫なの?」という疑問が10年ぶりにわいてきた。オランダの文化に慣れてくると”開かれた王室”が普通になってきて、それを不思議に思わなくなってくるのだ。オランダ旅行中、100メートルくらい離れている高級宝石店から金髪の男性が出てきた。隣にいたオランダ人の友人は、「あれは皇太子だ!」といっていた。(えええ、ウソでしょ?と私は信じなかったけど)現職の大臣とかも普通に自転車で通勤する人もいるし、もしかしたら本当だったのかもしれない、と思ったのはずいぶんあとのことだった。
たくさんの死傷者がでたのもショックだけど、”オランダの王室が狙われた”と言う事実はそれ以上にショックだった。オランダ国民にとっても本当にショックなことだと思う。結果的に黒い車に乗った犯人も死んでしまったので、「なぜ?」に対する答はもう闇の中だ。
これも、Twitterをしてたから分かったのだけど、「女王のため息がすべてを語っている」と書き込んだ人がいた。早速、”女王の国民へのテレビスピーチ”を見る。それは、なんともいえない悲しみの表情のベアトリクス女王のため息から始まっていた。女王のクリスマスのスピーチは欠かさずネットで見ているが、「この人こんなに”しわしわ”の老人だったっけ?」と感じるほど、悲しみが彼女のしわをよりいっそう深くしていると感じた。(女王のテレビスピーチ:http://www.youtube.com/watch?v=nfNv9004XYo)
その後も、王室の警備はこれでよいのか?式典担当者へのインタビュー、犯人のプロファイルなどなどが報道番組で話し合われていた。この事件の後ということもあり、5月4日の戦没者慰霊式典の警備は、いつになく厳しいものになった。アムステルダムのダム広場(単なる観光地じゃないんですよね)に女王、皇太子などが花環を捧げる式典だ。ダム広場周辺は封鎖され(これはいつもじゃないのかな?物々しい警備だったそうだ) 昨日8日は、アペルドールンにあるホールで、女王、皇太子夫妻など臨席の追悼式が開かれた。その放送は会場に入れなかった数千人の人のために広場で放映された。式典前に女王、皇太子夫妻、その他王室関係者は、遺族やその関係者と言葉を交わされたそうだ。アペルドールン市長、バルケネンデ首相、お母さんをなくした娘さんなどがスピーチをした。娘さんのスピーチには、涙が浮かんできた。
ちなみに、この4月30日は、現女王の誕生日ではなく、ユリアナ女王(ベアトリクスの母)のもの。現女王は、1月生まれなため、祭りを開くには適さないので、女王誕生日は据え置きで4月30にしたのだ。恒例になった、女王誕生日に女王が行う各地訪問は、ベアトリクス女王の「王宮に人々をまねくより、自ら街へでて人々と会いたい」という思いで始まり、ユリアナ女王の時代には無かったことだ。だいたい2,3都市だった気がしていたが、今年は1ヶ所だったので「へえ、今年はアペルドールンにしかいかないんだ」と思っていた。今年は、ユリアナ元女王の100回目の誕生日に当たるので、大々的な女王誕生日式典が予定されていたのだ。力の入れようが普通じゃなかっただけに、主催側にも余計ショックが大きかったのだ。
女王誕生日が現女王の誕生日でないことは、10年以上まえ、日蘭学会のオランダ語の教科書で知った。表向きは、”ユリアナ女王に敬意を表して”と言うことになってるらしいが、オランダ語の教科書には、はっきりと、寒いし祭りにそぐわない、と合理的な理由が書かれていた。当時は、本当にびっくりしたが、いまとなっては、私の中では「なんでもアリのオランダ」という位置づけなため、ちょっとやそっとのことでは 「まあ、それもオランダらしいか」と普通に納得できてしまうのだ。
そういえば、引越しのときテレビをすててしまったので、日本で事件の映像がながれたのはしりませんでした。
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